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《マレーシアのパーム油産業、人身売買の温床に》

 

焼け付くような日差しに照らされた丘陵の斜面では、パーム油が採取される木をせっせと植えるためにブルドーザーが地面をならしている。パーム油はお菓子の「オレオ」や「ポップタルト」からデオドラントの「オールドスパイス」まで、多種多様なものに使われている。近年、需要はうなぎ登りで、世界で最も消費されている植物油となった。

 

その近くでは、炎天下の中で大勢の移民労働者が働いている。労働者は先に鎌の付いた長い棒で木の上に実っている果房をそぎ落とし、集まった重い果房をつり上げて、油を抽出する工場に向かうトラックにそれを積み込む。

 

労働者のひとり、モハメッド・ルベルさん(22)は昨年12月に人身売買業者の仲介でバングラデシュから到着して以来、週7日、無給でこの作業を続けていると語った。

 

ここに着くまで、ルベルさんは十分な水や食料を与えられないまま満員の漁船で3週間を耐え、その後もさらに数週間、見張り役が母国の両親に身代金を脅迫する間、密林のキャンプに監禁にされた。同氏はさらに、疲労や病気、暴行などで仲間の不法移民十数人が死亡するのを目撃したと話す。

 

ルベルさんは「何が待ち構えているか分かっていれば、決して家を離れなかっただろう」と嘆いた。

 

東南アジアで今年、ルベルさんのような難民に世界中の注目が集まった。難民の多くはバングラデシュ人、あるいはミャンマーでの迫害から逃れた、国を持たないイスラム系少数民族ロヒンギャだ。彼らの運命は地中海を渡って欧州に逃げようとする難民と重なるが、その懸念は今年の春に新たな段階に達した。マレーシアとタイの警察が、人身売買業者のキャンプで死亡したとされる150人近くの遺体を発見したからだ。

 

現在、人権保護団体の一部は、米国や中国からの需要に沸く、300億ドル(約3兆7000億円)規模の国際パーム油産業に問題の一端があると述べている。密入国者の多くはマレーシアに行き着くが、そこでは年間120億ドル近く、世界全体の供給量の約4割のパーム油が輸出され、非熟練労働者への需要が高まっている。ベンガル湾を渡る移民を調査している非営利団体「アラカン・プロジェクト」は、過去2年間に5万人近くが漁船に乗ってマレーシアへ向かう危険な航海に出ており、多くが旅の途中で死亡したと推定している。

 

米労働省は昨年12月、強制労働が行われている産業の一つとしてマレーシアのパーム油に言及した。米国務省は昨年、世界の人身売買の実態をまとめた年次報告書で、人身売買への対策が不十分だとし、マレーシアを最低ランクである「ティア3」に評価した。

 

環太平洋経済連携協定(TPP)交渉妥結に向けた米国の貿易促進権限(TPA、通称ファストトラック)法案には、人身売買の年次報告書で最低ランクに分類される国との自由貿易協定を禁じる条項が盛り込まれている。このため、米国ではマレーシアを「ティア2」に引き上げる圧力が強まっていた。

 

マレーシア政府はパーム油産業が同国経済の重要な担い手だと指摘し、プランテーション(大規模農園)における外国人労働者の採用を合理化し、調整する中心施設を立ち上げたと述べた。

 

マレーシアのプランテーション事業・商品省(MPIC)の広報官は、労働者の虐待、プランテーションにおける人身売買された労働者の存在についての質問に答えなかった。広報官によると、マレーシアの法律は全ての雇用主に適切な訓練と保護を提供するよう要求しており、勤務中に負傷した労働者には補償を受ける権利があると話した。

 

パーム油の宣伝活動を行う政府機関、マレーシア・パーム油協会(MPOC)は、同産業が貧困を緩和し、マレーシア社会を発展させる主導的役割を果たしていると述べた。パーム油消費の急増は、米国のスナックメーカーがトランス脂肪酸の代替物を探し求めたことからも引き起こされた。米食品医薬品局(FDA)が2006年、食品のラベルにトランス脂肪酸の含有量を表示するよう義務付けたからだ。米国へのパーム油輸出は10年間で4倍以上に膨らみ、今日のスーパーで売られている加工食品の約半分にパーム油か、その派生製品が含まれるようになった。

 

外国人労働者

 

ルベルさんが働いているプランテーションは、マレーシア政府によって設立された半官半民のフェルダ・グローバル・ベンチャーズ(FGV)によって管理されている。同社はパーム原油の生産で世界最大規模を誇る。米国の通関データなどによると、FGVの顧客には米ミネソタ州に拠点を置くカーギルが含まれている。カーギルは仕入れたパーム油をネスレやプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)など多国籍企業に販売しているのだ。

 

FGVは同社のプランテーションで働く労働者には基本的権利と最低賃金が与えられていると述べた。ここで働く労働者の約85%は外国人だ。カーギルとその顧客企業らは、パーム油プランテーションで労働者の虐待疑惑があること認識しておらず、調査すると話した。

 

ルベルさんの雇用主は、FGVの労働力の大部分を供給する請負業者の一つだ。労働者によると、FGVとの直接雇用ではなく、請負業者に雇用されている場合に賃金未払いなどの虐待が最も頻繁に起こるという。

 

バングラデシュから来た25歳の男性は「やつらはわれわれを牛のように売買するのだ」と言い放つ。同氏は半年間にわたり3つの請負業者に無給でたらい回しにされたという。

 

仕事のチャンス

 

バングラデシュのボグラ市に住んでいた若いルベルさんは、人身売買業者から外国のプランテーションで高給の仕事があるとの話を持ちかけられた。

 

モップのように乱れた髪型にガッチリとした体形のルベルさんは母国での職探しに苦戦しており、両親に自立できるところを見せたかったと話す。10月のある夕方、ルベルさんは友人3人と海沿いの町テクナフに出かけた。彼らは長さ12メートルほどの木製の漁船に乗ったが、そこには200人近くのバングラデシュ人やミャンマーから逃れてきたロヒンギャが同乗していた。

 

業者はルベルさんに対し、この先で賃金が支払われるのでそこから約25万円の手数料を精算することが可能だと話したという。また、この業者は移動中の水や食料が十分にあると約束したようだ。業者からコメントを得ることはできなかった。

 

ところが、漁船を操縦する武装した男らは、トイレに行く回数を減らすために水や食料の支給を制限し、もっとくれと要求する移民には暴行を加えた。熱と悪臭は耐え難く、十数人が死ぬのを見たと、ルベルさんは話す。

 

ある時には、ルベルさんは人身売買業者が移民の遺体を海に投げ込んでいるのを目にした。海に沈むよう、遺体の腹部は割かれていたという。

 

3週間後、漁船はタイ南部に到着した。ルベルさんを含む数百人は混み合ったキャンプに入れられ、ぐるぐる巻きにされた有刺鉄線の真後ろで、お互いにもつれ合いながら睡眠を取った。

 

キャンプを横切ったルベルさんらは、人身売買業者が移民を解放する代わりに身代金を要求していたと話す。彼らは移民を両親に通じた電話口に出して暴行を加え、叫び声を聞かせて身代金を払わせようとしたのだ。支払えなかった移民は拘束され、定期的に暴行が加えられたという。

 

ルベルさんによると、業者は彼の父親に電話し、払えなければ「ジャングルに埋める」と脅した。ルベルさんの父親は土地の一部を売り、バングラデシュにいる仲介人を通じて人身売買業者に2500ドル(約31万円)を支払った。その後、業者はルベルさんらを引き連れてジャングルを数日間歩き、マレーシア内陸部のある地点に誘導した。そこでルベルさんらは別の業者に引き渡され、ジュンポルの町に連れてこられた。ここで、ルベルさんは請負業者の従業員としてFGVのプランテーションでの仕事にたどり着いたのだ。

 

http://jp.wsj.com/articles/SB10087023822292513792204581137680616196182